【定義】挑戦
「挑戦」には、大きく分けて2つの種類が存在する。
一つ目は、結果が予測できない未知の挑戦。
二つ目は、すでに先人が経験しており、結果を覆すことが不可能な挑戦だ。
前者の場合は、自分のやりたいことに全力を注げばよい。
ただし、成功も失敗もすべて自らの責任として受け止める覚悟が必要となる。
一方で後者は、一見すると存在しないように思えるが、実社会においては頻繁に見受けられる。
例えば、現代においてスマートフォンの代わりとして、もう一度かつてのガラケーを主流として普及させようと試みても、それは挑戦とは呼べない。
「スマホ所持禁止令」のような極端な法律でも制定されない限り、実現が不可能な無謀であることは明白だからだ。
この2つの厄介な点は、挑戦しようとしている当事者には、自分がどちらの領域に足を踏み入れようとしているのか見分けがついていないケースが多いことである。
未経験者は知識が不足しているため、それを客観的に判断する術を自分の中に持ち合わせていない。
だからこそ、他者に意見を求めるのだ。
ここで押さえておくべきポイントは、たった一つである。
意見を求める行為自体に問題はないが、「前例がないからやめた方がいい」という類の意見には、一切耳を傾ける必要はない。
初代iPhoneが発売された当初も、「ガラケーで十分だ」という懐疑的な意見は無数に飛び交っていたはずだ。
実際に世に出始めた頃は、普及率も決して高くはなかったが、今やスマートフォンを持たない人の方が少数派である。
このように、前例がなくても常識が瞬時にひっくり返る事例は世の中に溢れている。
では、どのような意見に耳を傾けるべきなのか。
それは、明確な「根拠」を持って反対してくれる人の言葉である。
その根拠を突き詰め、自分自身でも論理的に納得せざるを得ない場合は、100%踏みとどまった方がよい。
この基準さえ押さえておかなければ、挑戦者は無謀な「自爆」を繰り返すだけになってしまうのだ。
