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お金

なぜ時間を浪費してしまうのか

taiyo

「時間はお金より大切である」

耳に胼胝(たこ)ができるほど聞かされてきた言葉だ。
しかし、実際の行動が伴っている人間を、私は一般社会の中でほとんど見たことがない。

誰しもが必ず、1日24時間の中で時間を浪費している瞬間がある。

時間を浪費する日は毎日存在するが、お金を浪費しない日は作ることができる。

お金より時間の方が大切だと言いながら、実態は逆になっているのは皮肉なものだ。

だが、この矛盾が生じる理由は意外にも単純である。

時間の本質は「後払い」なのだ。
人間は「人生」という時間を消費した一番最後に、「死」という形でその総代償を支払う。

一方でお金は「先払い」である。
自らの労働や価値を先に差し出さなければ、手元に降ってくることは基本的にない。

手に入れるために今まさに苦労を強いられる「お金」に対し、対価の支払いが最期に訪れる「時間」は、どうしても目先の価値が薄れて浪費の対象になってしまうのだ。

今流れている時、時間を使うことは簡単だが、この使っている時間を増やすことは困難であるということに、お金の増やし方を理解して実際に稼いでから気付くのである。

ところが、富裕層は一様に「お金より時間を大切にしろ」と説く。

なぜなら、お金の増やし方を理解して実際に稼いだ先で、「消費するだけの時間を増やすことは不可能である」という絶対的な事実に気づくからだ。

資産を築き上げない限り、頭では理解していても、心の底から時間を渇望する状態には至らない。 ただし、一部の例外が存在する。

それが、子育てに励む親御さんたちである。
これまで自分のために使えていた時間を、すべて子供や家族のために投下することになる。自分の時間を極限まで奪われて初めて、彼らは「もっと時間が欲しい」と、時間の本質的な価値に気づくのだ。

結局のところ、人間は自らの時間が制限されるような窮地に立たされない限り、その大切さを本当の意味で理解することはできない。

世間ではよく「忙しい」という言葉が飛び交うが、大半の人間が時間を浪費している実態を踏まえれば、90%以上の人間は「暇」であると断言できる。

かく言う私自身も、未だ時間を完全に支配しきれていない、絶賛「暇」な人間に他ならない。

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